自分のエッセンスを入れる

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一眼レフを持った写真撮影。歴日ベースでは100日を超えてきており、稼働日も50日以上と言う事で、基礎に関してはだいぶ形になってきたと思います。たとえば、以下はバスツアーで訪れたイチゴのビニールハウスなのですが、一見して「メッチャ映える」ともいえないシチュエーションでも、こんな写真が撮れるようになりました。

私が最初のフェーズやっていたことは最低限の知識を得た後は「まず、やってみる」こと。

「はじめてなんだから上手くいかなくて当たり前」と言うメンタルを置いたうえで、あらゆることを考察し、自分なりに「試してみる」と言う行為は、本コラムに計上している本数だけでも100本を超える勢いとなりました。自分自身、結構驚いているのが「自然にやっていたつもりだけど、結構考えていたんだな~と。これは言語化してみて本当に思う事です。

私の本業のマーケティングコンサルティングでも経験則上そうなのですけど、「言語化」と言うプロセスはシンプルながら重要です。

特に企業のような複数の人間が関わるプロジェクトなどでは、関わる人間の思考や意思が「正しく共有」されることは思うよりも遥かに出来ていないことが多いものです。だから、あえて「言語化する」と言う事は「可視化する」事に直結するのですが、文字情報は「書き留めておく」事が出来ますから、それを一定の書式に落とし込むことで「記録」として、残せる訳ですね。

まさに先人の叡智を残す「書籍」の概念と言えることでしょう。

さて、話は脱線しましたが、私自身、最近、当ブログなどを含めて、この「言語化」をしていることで「あること」に気が付いています。それが「以前の自分がよりも、かなり複雑に物事を(自然に)考察するようになっている」と言う事実です。

たとえば、写真撮影のソレなら、「被写体が決まっているからレンズも自動的に決まる」と言う状態(単純な思考)だったものが「天候(特に空の抜け具合)を見ながらレンズの明るさを考えて選択する」と言ったような「経験に基づいた軌道修正を入れる」と言った感じに多層化するものです。そして、私が思うに、これこそがビジネスにおいても、趣味においても「行動から生まれる経験だけが入っていける、技術向上の本質」なのだろうと思います。

そして、そう言うレベルに達すると、どうにも回りの見え方も変わってくるようで、実際、この写真を収めた今回のバスツアーでは、こんなやりとりがありました。

1)ツアーの最中に仲良く来ていた2人組を「撮ってあげましょうか?」と、その方のスマホでパッと撮影したのですが、その写真を見て「え、上手い!」と言われる(たぶん、構図とかの問題)。
2)以下のように収めた写真をスマホに表示させていたらバスツアーの添乗員さんが、それを見て「その写真(データ)、貰っても良いですか?」と聞いてくる。あるいは「プロの方ですか?」と聞かれる(まあ、これは装備のせいかもしれませんが 笑)。

こんな事が、冗談ではなく本当に、しかも「自分自身は、これまで通り自然体のままなのに」起こり始める。

それは、なぜなのか?

おそらく、それは、「単純に人と同じこと」を「なんとなくする」と言うフェーズを越えて、自分なりの「色」を「経験」から出し始め、作品の中にそれを自然に(←もの凄く重要)投影する「スキル」が身に付いたからだと思います。

そして、こういった「スキル」は腐らないからこそ、オリジナリティのある高い価値を出していける。また、ここで得た「賞賛」と言う「成功体験」を元に、よりポジティブに精力的に推進するようになる……とまあ、こんな好循環になっていくのでしょう。

学びをシンプルに終わらせず、「行動」の掛け算を行う。その結果、得られた経験・思考を多層化し、みずから「自然に出来るように」(エッセンス化)する。そして、その成果を認めてもらう事でモチベーションを向上させ、次の「行動」の足掛かりとする。そんなルーチンを構築する事こそが、ビジネスにおいても趣味においても「楽しく上達するヒント」になると、私は思っています。

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