比較は自分とする

10

マーケティングにおける人材育成とは常に「ほのかな成長を見守る、静かな戦い」です。日々のビジネス活動においては、「今日の取り組みが明日の大成功になる」事は非常にまれで、基本的には「千里の道も一歩より」というくらい、着実な歩みが求められます。昨今、SNSの「バズ」に見られる爆発力が取りあげられますが、私はそれらに「本質」を見出していません。本質とは「明日の寝覚めでアラブの大富豪になっている」ことではなく、着実な歩みの先に山の頂上に上り詰めるといったような、「現状の延長線上にしか訪れない未来」だからです。

さて、こういう事を描きながらも、私のお客様を見ても、特に、長期に腰を据えて取り組む場合、私のような「答えを出せるプロ」と比較してしまうお客様は多いものです。

したがって「自分はまだまだ未熟だ……」と抑圧気味になってしまう。私は、いつも彼らに言うのです。「いや、それですぐに私みたいになれたら、私はご飯を食べられなくなりますから」と。比較すべきは「対象」ではなく、まずは「自分」であるべきなのです。

もっと言えば、それは「過去の自分、昨日の自分」で十分なのです。

何でも情報が手に入るご時世になりましたから、我々は何をしていても「その中の最高のもの」に簡単にアクセスできるようになりました。写真だってそうです。上手い人が撮影した写真を見て、自分の撮影したものと比較すると、ガッカリしてしまう方も多い事でしょう。マーケティングだってそうなのです。自社の状況はさておき、「上手くいった」とされる事例は、いつでも煌びやかに見えるものです。

そこから情報を得て「参考にする」事は大事だと思います。しかし、それを引きずって必要以上に大きく受け取ることは、自らの成長を阻害する要因にすらなりえます。要素を参考にし、自己に適用できるエッセンスを探し、その中で取り込みを行う。

結果、比較すべきは「取り入れた元」とではありません、「その情報を得る以前の自分自身」であることが理想です。みなさん、この辺りのことをついつい軽視して、先の方を見るのですが、もっと「期待は小さくて構わない」のです。そういう変遷が100回も起きれば、みなさまは1日目からすれば、遥か彼方の地にたどり着いているはずだからです。

私はコレまでのブログでも記録の重要性や、アウトプットの重要性を説いてきましたが、この要因の一つは「過去を留めておけるから」でもあります。写真のように「具体的な形が残るもの」は比較が容易です。一方、今日と昨日は大して変わらないかもしれません。しかし、100日前と現在を比較すれば、そこには明らかな「成長の痕跡」が見えるはずです。

自信とは結局、そのような「成長」への自覚から始まります。煌びやかな情報が、どこにでも見えるからこそ委縮してしまいがちなのが現代社会ですが、我々の人生において重要なのは「自身の成長」ではないでしょうか。

その1つだけあれば、我々は「自信」を勝ち得、前に進めるのですから。

関連記事