極端に振れる

9

一眼レフを持って様々な被写体に触れるなかで「こういう写真を撮るが好きなのだな」と思う方向性が、自分の中で一定固まってきているイメージですが、そういう現状だからこそ「あえて」心がけている行動がありまして、それが「極端に振れる」と言う行為です。

たとえば、自分は「ストリート系の雰囲気」や「静かな場所で動いているもの」にかなりアンテナが立つようで、「静と動」「栄と衰」「街と自然」のような対比が多いなあと思うのですが、どちらを主軸に撮っていても、意識的に街に出向いたり、あるいは意識的に自然の方に向いたりするのが良いのだろうなと最近は特に思うようになりました。

ビジネスやマーケティング領域などでも、こういう話はよく合って「昔ながらの王道のパターンで、それ1つで通してきた」と言う企業は、一見して重厚な強いプランを持っているのですが、その実、薄皮一枚というか背骨に厚みが無いことが多く、「その手法が通じなくなった時」に脆くなる傾向があります。これは、プロモーションの訴求方法ひとつをとっても「そう」で、やはりそういう「勝ちパターン」は数か月も使い続ければ徐々に効果は下がるので、ある種のローテーションのような思想が必要になりますが、ここら辺で「物事の本質」が見えていないと、いつまでたっても、旧来の勝ちパターンから脱却できずにハマってしまうものです。

写真で言えば、それはきっと「作風が均一化する」とか「何を撮影していても似たような構図・写真ばかりになってしまう」などは顕著な例と言えることでしょう。そういう意味では、私は「ダメかもしれないけど、色々、逆側も見ておく」と言うのは重要な行為だと思っており、自然、都市生活、静と動のようなものを見つけるために、意識的に「対極にある被写体(たとえば、都心と田舎とか)」を抑えるように意識しているのが最近の傾向です。

とくに、自分の「到達すべきゴール」が明確に見えていない現段階では、どこかのブログ記事で話をした「北に行く理論」のように、いくつかの「あたり」を持つことは重要ですし、仮にその中で「これかもな」と言うものが一定掴めたとしても、結局表現の多様性を生むためには、上手くいっているうちにこそ(つまり、マーケティングで言えば、成果が下がる前、写真撮影で言えば、作風などで悩む前にこそ)「あえて、様々なことをしてみる」というのは有効だ事前準備になると思います。

夾叉(きょうさ)砲術を応用する考え方

私が好きな話の中に「夾叉(きょうさ)」砲術と言う話があります。これは、大砲を標的に確実に当てるために、

1)砲手が目標より遠方気味に先ず砲弾を撃ち、
2)次に目標に対して短めに砲弾を撃つ、
3)そして、最後に、その差を調整して目標に正しく砲撃する

……という現在ほど大砲の精度が無かった時に使われていた砲撃の手法です。この方法の何が良いのか?と言うと、1にせよ2にせよ、最初の砲撃に対して「少しずつ近づける」と言う事をしようとすると、結局何度もその周りに「外し続ける」リスクを背負うことになり、大きな調整がしにくいということです。

ですから2発目は、あえて大きく外して、「その間を取る」と言う事をすれば、結果的に、最小の回数で目的に対して「近づく」ことができる……ということです。

マーケティングでも、1つの製品・サービスに対して「まったく異なる2種類の訴求」があれば、お互いの施策は互いを阻害しないため、簡単にスランプに陥ったりはしませんし、撮影においても「自然と街」「静と動」「華と哀愁」のような対極にある被写体を持つことで、「自然の中の人間」や「人げ社会に垣間見える自然」と言った着眼点を持つことが出来ることでしょう。

もちろん、この考察についての回答、各人が一眼レフに落とし込んだとして「求めるもの、美を感じること」と言うのは「人それぞれ」ですし、これこそが自分の個性なのでしょうから、このまま真似する必要はないのです。

しかし、いずれにせよ、被写体を「花と飛行機」とか「人間と風景」など、一見して関係のなさそうなものに振ってみるのは一つのありようとしては「面白いのだろうな」と、仕事の経験則からも思います。

実際、私自身も自分もそうすることで「陥りそうなワンパターン化の罠」を上手く回避しているように感じますし、過去のいくつかの要素をうまく「混ぜ合わせるような」一枚を撮影する事も出来始めているのかなあと感じます。

下記は、浅草にある仲見世通りの一本裏通りからメインストリートを覗いた1枚ですが、華やかな一団が「花道」に向かっていく華やかな集団の様子は、様々なギャップを取り込めているのかなと、練習をしながら感じています。

今後、どのような表現方法に向かっていくのかは分かりませんが、「複数の視点を持つ」と言うことは有効に機能します。それを「なるべく、対局にあるものを起点とする」ということもまた、ひとつの手段として有効だと思います。

関連記事