知識を応用・深化させる

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マーケティングコンサルティング事業をはじめてから6年、法人成りしてからは5年をこの仕事に費やしてきておりますが、この5年の自分の成長や、クライアント企業様での成功を紐解いていくと、つくづく「あたらしい画期的なことは何もしていないな」と思います。

たとえばコロナ禍の際に、弊社クライアント企業様が日経新聞の一面に掲載されたような「オンライン展示会」のようなものは、結局アウトプットする「手段が特別だっただけ」であり、そもそものマーケティング理論の基本と言う軸で言うと、はやり基本をベースに構築された「応用」でしかなく、「まったく新しい何か」など、やはりそこには存在しません。

自社の活動を振り返っても、数々のメディアに展開され、多くの実例を掲載し、確固たるブランドを形成した素地は、5年前からのコツコツとした継続でしかなく「あたらしい何か」と言うものは一切存在しません。

基本に忠実なマーケティングをプロが遂行したから、幸運もあって相応の結果になった。と考えるのが妥当です。

たとえば、ある種画期的に見えるかもしれない「MarketersLens」のこの取り組み(カメラと言う実践とマーケティング)も、マーケティングの学習論として「切り取り方/アウトプット」としては新しく見えるかもしれませんが、使っているマーケティング戦略上の考え方は、やはり「差別化」というマーケティングの基本戦略から逸脱していません。

そして、こういう思想は写真にしてもそうです。

構図を学び、機能と基本を知り、カメラについて一定の基礎知識を正月の時間で一気に習得した私は、そこから一応の知識を得ることはしているものの、何かの勉学を継続的に履修する……と言うことは無く、結局は「毎日カメラを持って、心を動かす被写体を目にしては、それをどのように切り取るのか?ばかりを考えている」と言う動作が正解だと思います。

結局、創業から5年の間に私に最も培われた能力は「即応力・応用力」と「行動を通じて身に着けた展開力」の2つであり、だからこそ「知識の価値が相対的に下がっていい」と思うに至ったのです。その事実があればこそ、マーケティングは「もはや学ばなずとも、趣味などを通じて体得できる」と考えたのは自然な経緯です。

知識は、確かに必要だが、基本の先は実践だけで良い理由

たとえば、今の私が「マーケティングについて、良い学び方を知りたい」と言われたら、たとえば自分のブログを引き合いに出して以下のように説明すると思います。

「本当に解り易い説明と言うものは、一切の専門用語が無くても成立しているもの。本当にわかっている人は、一切の専門用語を排除して説明できる。専門用語・横文字が多い人は、その言葉に逃げており、真に理解していないと考えたほうが良い」

これは別に、専門家をバカにしているとかではなく、本当色々見ていて、シンプルに「わかっている人ほど、説明が分かりやすい」という事実が存在するから、そう述べているのです。

そもそもお客様にしても「自社の説明が容易ではないかもしれないサービス・製品を、お客様に最小のコミュニケーションで、最大限に理解してもらう」ことが重要ですよね?と言われれば、これを否定する人はいないと思います。

専門用語は、専門家どうしが会話をするには確かに便利かもしれませんが、これを「教える」となると、当然相手は「分かっていないことが基本」であり、だからこそ「専門用語を多用する」ことは、本来プロがする事では無いのです。

プロスポーツの解説者だって、専門用語を連発していたら、簡単に番組に呼ばれなくなるでしょう。それと全く一緒です。

そして、そういう基礎論からの展開は1~2カ月もあれば十分に完了し、マーケティングの基礎的な本を1~2冊読めば十分それは満たされます。昨今はAIもありますから、分からないことは聞けばだいたい終わります。自分自身も、自分のお客様を見ていても思う事は、それ以降は、特に強く求めていない限りは継続的に「文字情報から学問を吸収する」ということは、ほぼ不要だという事実です。

では、学習の次はどうするかというと、「その基本的な知識をどのように活用しているのか?」の方を知るべきです。

カメラと写真を例に考えてみたほうが分かりやすいと思うので、少し解説してみましょう。

たとえば、カメラには「写真を写す時に光量を調整できるいくつかの要素」があります。シャッタースピード、F値、ISO、ホワイトバランスなど、機能で説明するといくつかに分類されることが出来るのですが、どちらかと言うと重要なのは「ある被写体に対して、どのような方法で撮影すると、この写真が撮れるのか?」という視覚情報と、活用についての知識だったりします。

つまり、「どんなに数値上の意味や関係に詳しくなって」も、写真は撮影しなければ上達しませんし、多くの「良く撮れているプロの写真を眺めて」も、それを再現したり、要素を模倣する努力なしには、やはり技術の「会得」にはなりえない。

学んだ事をシンプルに使い、それがすぐに活用できるようにし、使い慣れたら高度に活用することを考える。

初心者はトンカチを持つと、すべてがクギに見えると言いますが、熟達した熟練者は、トンカチひとつを様々に活用して、高度に使いこなし、あらゆる状況を解決する能力を有していることもまた事実です。多様な知識を浅く手に入れるのではなく、基本となる構成を取得し、それを深化させる。

そのために行動を通じてパターンを増やしていく事は、どんな「学び」においても重要な要素だと私は考えています。

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