自分の「型」をつくる

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以前、お客様を支援して、弊社で実例にもなったマーケティングの成功例について、そのお客様が鬼の形相で私に相談をしてきたことがあります。それが「Rikimoffさん聞いてくださいよ! 僕らの作ったあの見せ方、〇〇と言う企業にパクられたんですよ!!」とおっしゃるんですね。

ということで、実際にそのWebサイトや展開を拝見したのですが、「おお、なるほど。丸パクリだ」と感動するくらいのコピーっぷりで、私はさすがに笑ってしまったのですが、お客様はどうにも怒りが収まらない様子。

そこで、私がお伝えしたのは2点御座いまして、1つ目が「まあ、パクられるっていうのは相手が、本当によくできてると認めて、それくらいしか対策を思いつかなかった。つまり、敗北を宣言を堂々としてくれたようなものですよ」というお話と、「でも実際、この企業は絶対に貴社のような成果は出せませんからご安心ください」と補足したのでした。

「そうなのですか?」と怪訝そうに伺ってくるので、

「はい。間違いなくできません」

と、断言しました。私自身、何度もそういう目に合っていますし、他のお客様でもこういうケースは何度も体験しているのですが、基本的にはこういうものを「表層的に模倣」したところで、大怪我しかしません。

形の奥にある真相は真似できない

と、なぜこんな話を思い出したのかと言うと、実は、この辺り、写真を使うと結構説明が簡単かもなあ。とあるタイミングで思ったからです。

具体的にお話しすると、たとえば写真にはいわゆる「名所」と言うものがあり、何人ものカメラを持った人間がそこに行き、同じような構図で同じような写真を撮る訳ですが、それでもなぜか、そのアウトプットを比較してみると「凄く何かを感じる良いと思う写真」と、「なんか、似ているんだけど何も伝わってこない写真」に分かれたりします。

その「グッとくる劇的な一枚」を「構図だけ」模倣しても、光の加減が違ったり、そこを真似しても、そもそもの当日の天気・気温・雲の出方が違ったり、そもそも機材や色のレタッチが違ったり……と、結局なぜそういう差が出るのかと言えば模倣する側に「たいした想いが無いから」です。

ただ真似て、何となくよくしようとして、それもあって最後は自分が本来持っていたはずの「型」さえ見失ってしまう。

こうなると、治療はほとほと困難で、まさに「途方もない自分探しの旅」が始まるしかありません。

誤解しないで頂きたいのは、私は「模倣をするな」と言っている訳では無いのです。写真なら構図にしろ、光の扱いにしろ、レンズにしろ、参考にするのは大いにすればいいと思いますし、実際に私も上手い人の写真を見て「盗む」と言う事をしています。

しかし、「盗む」と言うのはあくまでも「素養・本質」であって、「完コピ」ではありません。

「なぜ、こういう光の使い方をしたのだろう?」「どうやって、この味わいを出したのだろう?」と考えながら「模索」する。納得したら、「自分なり」にやってみる。そうすることではじめて、最初は「劣化コピー」だったもに自分ならではの「型」が生まれてきます。「完コピ」の罠からは抜け出さないと、オリジナルを越えることは永遠に出来ないのです。

参考にはする。でも完コピはしない。プライド的な意味でも、倫理的な意味でも、何よりも本当に成長していくためには「完コピ」などの「思考停止」には陥らず、自分なりの「スタイル」を形成するための努力を怠らないようにしたいものです。

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