信頼の線引きをする

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この数カ月は、幸運なことに(?)、本業のコンサルで地方への出張がとにかく増加したためカメラを持参しては前入りしたり、もう1日残って現地を散策し作品を撮影してます。ただ、どこを巡った後でも結局当サイトに掲載されるような写真は、そのほぼすべてが「一目でパッと何処で撮影したのかは分かりにくいもの」が多く、観光スポット自体はかなり色々(観光タクシーなどを使いつつ)巡っているのですが、我ながら「本当に誰もが撮るものを残さないよなあ」とつくづく思います。

面白いのは「観光タクシー」の運転手さんと言うのは基本的にガイド役も務めるのですが、「詳しいだろうからお任せ」と一定信頼して丸々おまかせするよりも、ある程度までこちら「ココに行きたい」と言ったときの方が良い写真が撮れるという事です。

たとえば、自分には当サイトがあったり、撮影した写真をスマホ端末に入れているので写真の作風などを見せながら、「こんな感じの撮影をしたいのですが、良いところありませんか?」と聞いてお願いをすると、かなり頑張って普通の人は行かないようなところも含めて案内してくれたりするのですが、口頭で説明して、写真で見せてもやっぱり、現地に行くと「うーむ、なんかコレじゃないなあ」と思うケースが案外多いのです。

ですから、最近では写真の事などあまり言わないで一定「運転手さんのおススメ」くらいの事を述べたほうがむしろ良いんじゃないかと思っており、まあ、ここら辺の「意図がシンクロしない」ところ辺りがコミュニケーションの難しさであり、マーケティングなどでもかなり鍛錬を要する部分だったりしますから、仕方のない事です。

「顧客心理を理解する」なんて言葉は使われて久しいですが、「見るとやるのでは大違い」というところでしょうか。

で、そういう意図を外れた時も私は特に「がっかりする」でもなく、「なるほど」と理解しながら写真を狙ってみたりします。

と言うのも「信頼≒期待値が大きい」と言うのは、コチラの勝手な感情であり「期待値は抑えておくくらいで丁度いい」と言うのが、私のモットーだからです。現役のマーケティング部長時代も良く「部下に任せはするけど、部下の仕事を信頼はしていない」くらいの期待値でビジネスを進めていたのですが、このくらいの心持ちだと、ミスに一定寛容になりつつ、成果をほめることが出来ます。

期待しているのはコチラの勝手な事情であり、ある意味妄想であり、願望でもある。

そのくらい割り切って、「一定、あきらめる」という選択肢を持っておき、なんなら「フォローを前提で物事を進める」くらいの方が、組織活動だと案外ストレスなく上手くいったりします。私が「それ」を求めない相手がいるとすれば、それこそが「その道のプロ」であり、その生業でご飯を食べている人ですね。

こういう方には、やはり「成果志向」で行くと思います。とは言っても、雇われている人だとやはりこの辺りの心づもりは弱く、自立して自分で食べている人じゃないと中々どうして「まあ、しゃあないな」というレベルに落ち着きがちです。

まあ、今回のケースも確かにプロが相手とは言え、別に観光タクシーと言っても様々な観光客が乗る訳ですし、中々ニーズに100%応えるというのも難しい事でしょう。私とて、せっかく連れて来て貰っているのですからある程度、連れて行った場所で写真に収めたりするのですが、それでもやっぱり「人が創ったフィールド」のうえで行動するというのは難しいものだなあと、改めて学ぶことしきりです。

ただ、これを逆に考えれば、これこそが他人に理解されにくい「自分らしさ」であり、それが「作風」に繋がるという事にもなるのでしょう。ですから、この不一致はむしろ喜ぶべきことなのかもしれません。

「伝わっていないことが当たり前である」

そこからコミュニケーションや洞察を始めてみると、「伝えるための努力」に対する配慮は細部にまで行き届きます。これはマーケティングであれ、趣味であれ、普段のコミュニケーションであれ同様です。「信頼の線引き」はドライなようであって、実は有効な考え方だと、私は思います。

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