「読み」を入れる

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カメラを持って被写体を前にしたとき、必ず意識している事があります。それがタイトルにある通りの「読みを入れる」と言う行為です。この言葉はもともと、囲碁や将棋の世界で使われる言葉だと思うのですが、意味的には「最良の結果を得るために、事後の打ち手(指して)展開について考察すること」です。

これは、マーケティング領域でも活用できるもので「こういうメッセージを相手に渡したら、相手はどのような反応をするのだろうか?」と言う事を考えるのも、一種の「読み」が入っている状態です。その考察が「良さそうだ」となるから、その施策は実施される訳で、推測される結果が「良くないものだろう」と思われる場合、当たり前ですがその施策は実施されません。

写真撮影における「読み」とは、「これを撮影したら、きっとこういう風に撮れるに違いない」と言うものであり、被写体が静的で状況が変わらなければなるべくジックリ入れます。一方、被写体が動的だったり、ある瞬間だったりするときは、ほぼ反射的に「まずシャッターを切ってしまう」事も当然ありますが、その「反射」と言うのも一種、経験から来る「読み」の蓄積によって成り立っている訳であり、「これは絵になる!」と脊髄反射で反応できる感覚を養えるのかは重要なテーマだと思っています。

さて、なぜわざわざそんな話をするのかと言うと、この「読みを入れる」と言う行為と対になるもので「手なりで指す」と言う言葉があるからです。

これは、さっきと逆で「まあ、こうだろう」と言う感じで「良く考えずに」次に進めてしまう行為を指すのですが、これがたまに「手痛いしっぺ返し」を食らう事がある訳です。いわゆる「読み抜け」という奴だったりするのですが、足を止めてキッチリ一回でも考えていれば回避出来ていたことを、踏んでしまう。

時間と言うのは巻き戻せませんから、囲碁や将棋と言った対戦であれば、それが敗着になりますし、写真であっても、その瞬間を切り取ることは二度とできません。ビジネスでも「ついうっかり」と言うのは簡単ですが、おそらく「金額の損失」と言う最もダイレクトな形で被害を被ることでしょう。将棋の藤井聡太氏の対局を見ていると、解説者の方が「ああ、ここでちゃんと読むんですね。私なら手なりで指してしまいそうだなものですが……」という言葉を結構耳にするのですが、まさにそれこそが氏の強さの1つの要因なのだろうなと、素人ながらに思います。

適当に流さず、丁寧に一度立ち止まる。

写真撮影と言う趣味は、時間を本当に贅沢に使えるものだと思います。流して撮るのも悪くはありませんが、そういった思考プロセスも含めて、「撮影」と言う行為を楽しんでいきたいものです。

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