アウトプットをする

29

2024年の1月上旬に一眼レフを手に入れた私は、そこからほどなく数日でお正月休みのほとんどを機材や、構図の勉強(インプット)に費やしました。しかし、その後は当サイトの構築や、外出するたびにカメラを抱えスナップを撮り、あるいは「撮影のため」という目的を持って活動を行い、コンテンツの更新を続けています。

すでに保有している知識を日々、執筆・文章化している当ブログだけは目的が違うものの、「一眼レフ・カメラ」に関する外部活動は、そもそも私にアウトプットするリソース(具体的な成果物で言うと「写真」)を持たないため、私は明確な「アウトプット」という意図をもって無理やりにでも外出して日々活動しています。

なぜ、私はそこまで「アウトプット」を重視するのでしょうか。

この「写真」という素材なら、他のあらゆる技術向上の話よりも、その理由解り易く証明してくれそうです。

今日はその話をしたいと思います。

インプットの限界

私は本業の方で「組織全体が、マーケティングが出来るようになるコンサルティング」を行っており、数々の実績をあげていますが、すべてのクライアントで行っていることは「研修などの座学はほとんど行わず、基本的には実務を通じて成果を出す」と言う事です。

昨年の後半に導入した自社開発のAIシステムも「お客様のキーワードから、実践的なアウトプットを生成する」ために作られており、やはりこれもAIの精度そのものよりも「実務に寄与するヒントを出す」ということに性能を発揮できるよう、フォーカスしています。

マーケティング領域でアウトプットの重要性を説いているときは、どうしてもこの「マーケティング」そのものが、あるいみ「学問」的にとらえられることが多いため「実践的な研修」と言った類のものと比較した時、自社の優位性をうまく言葉に出来ないでいました。

しかし、一眼レフを通じて考えてみると、この辺りの「わかりにくさ」は結構簡単に整理が出来そうです。

具体的に、写真撮影を例に考えてみましょう。Youtubeなどを視聴すれば、我々は著名なカメラマン・写真家から、一般ユーザー(ハイアマチュア)まで、数多くの技法、技術を学ぶことが出来る時代になりました。ですから、構図、ピントの合わせ方、F値、ISO、ホワイトバランス、シャッタースピードなど、数々の情報(技術)は「学ぼう」と思えばいくらでも吸収する事ができます。

より、実践的に行くならば、彼らが収めた「実際の写真」を例に、「この時刻の、この日の差し方ならこうしたらいい」とか「雨の日はどうだ」とか「夜なら~」など、様々な条件や、コンディションにおける撮影の「知識」が無限に入ってくる。実に良い時代になったものです。

さて、では、それらの「視聴を繰り返す」ことが、はたしてあなたの「写真技術の向上につながるのか?」と言うと、「視聴10、行動0」というバランスで配分した場合、「それはない」となるのは、誰にでもわかることだと思います。

なぜかと言えば、その写真、その作家、その先生が持っている機材と自分の機材も違えば、天候も違うし、被写体までの距離、ロケーション、設定、すべて完璧に「イコールになる条件」など存在せず、「似たような状況」を前にすることがあっても、その時の「最適解」は大きく変化するはずだからです。

つまり、「基礎としてのインプット」は当然存在しても、それだけをもって「いきなり成果をあげる」と言うのは事実上不可能であり、「私は、たくさん動画を見たから写真はプロだね」とドやる人が世の中に存在しないことは、非常に解り易い例かと思います。

そしてまさに、これこそが「研修などの、実践的と言いつつ、実戦ではないマーケティング」の類に私が感じている「違和感の正体」であり、結局、仕事においても「同じ条件がハッキリと揃う」と言う事は、やはりあり得ないと言う事です。端的に言えば、それは、そもそもの自社の組織構造、顧客、プロダクトそのものなど、むしろ「違うことだらけ」なのです。

〇〇社の成功事例を紐解く…と言ったようなセミナーなどの存在も、写真・撮影に置きなおせば、「私がこの写真をどう撮ったのか」という講演とニアリーイコールであることは変わりありません。その公演(インプット)自体に意味はありますが、それを過度に過信して、「じゃあ、私もこれで撮影できるぞ!」と思い込んだら位、そういうセミナーばかりを渡り歩いて人脈を広げたところで、貴方の撮影技術は1ミリも伸びていないというのが「実際のところ」でしょう。

写真は、このように「アウトプットが非常に具体的」であるため、100の知識を晒すよりも、1枚の撮影でその実力が見える世界です。マーケティングでは、どうしてもこのあたり「知識でごまかす」と言う事が出来るので「なんだかなあ」と思っていたのですが、ようやく、解り易い置き換えての説明が出来てホッとしています。

同時に、これこそが、私が日々、カメラを持ち歩き撮影を続けている理由そのものでして、要は「アウトプット(鍛錬と失敗)」無しに、成長なし。ということを自認しているからこそ、インプットとアウトプットのバランスを取り、最適なPDCAサイクル(計画→行動→確認→修正)を繰り返しているということです。

結局、すべて「泥臭い、地道な積み上げでしか、無しえない」。うまい話など存在せず、成功者は、結局、みな努力をしているのです。

アウトプットの重要性、インプットを過信する危険性について、少しでもご理解頂ければ幸いです。

関連記事